館長BENさんの気まぐれロード№9(知己を得る)
2008.09.21
初秋の九月半ばから埼玉県の中学生23人、引き続いて北海道からの大学生7人を森の宿林りん館は受け入れた。

※富士中学校のみなさん ※酪農学園大学のみなさん・前列右から2番目が河合教授
中学生にも、大学生にも共通して言えることは、みな寡黙だった。
その寡黙さを私は礼讃したり詰ったりする気はないが、正直私自身が異邦人の中に入ったのか、はたまた、異星人の中に迷い込んでしまったような、そんな錯覚を覚えてしまったことは確かだ。
中学生23人を動かすには、しばしば本気で怒鳴ってしまった。
その瞬間自己嫌悪に陥り、自らの修行の足りなさを実感する。
怒鳴ったり、怒ったりした時は、した方もされた方も気持ちの良いものではない。
まして、信頼関係を修復できずに別れてしまっては、後々まで悔いが残ってしまう。
大学生たちは酪農学園大学の環境システム学部・地方自治論研究室「河合博司ゼミ」の彼らだった。
長野市との合併ではなく、自立を選択した小川村の調査のために来村した。
河合博司教授は病身でありながら、全国を調査して歩き、小川村へも退院直後の体に鞭打って調査に入ってくれた。
私と同年で、誕生日もわずか4日違いという、そんな類似点ばかりでなく、共感を覚えたのは、他者への気の遣い方だった。
学生たちはその先生と正反対に、自分の世界に入り込んだままのように、私には見えた。
学生たちを盛り上げ、何とかその良さを引き出そうとする、河合教授の心遣いが、わが身に照らしてみるようで、痛々しかった。
「丸田さん、学生たちはね、こうしたフィールドワークする前と後では、変わるんですよ。
学習していくにつれ学生たちは間違いなく変化していく。その変化を見るのが、私には楽しいのです」
と河合さんは語る・・・が、天邪鬼な私は、そう思わなくては、毎年異星人を迎えることなんかできないだろうなあ・・・と同情してしまう。
ところで、哲学者でもあり教育者でもある林竹二さんは「学んだことのたった一つの証は変わることです」と言っている。
河合教授は、研究者ではあるが、教育者足らんとしているようにも思える。
いや、研究者である前に、一人の人間として、住みやすい社会を作ろうとする実践者である。
「お役に立てることがあれば、いつでも来ます。お手伝いします」
別れ際の硬い握手は紛れもなく同星人のもので、温かかった。知己を得た思いである。
9月19日、西の空が赤く燃えた。(BEN)

※林りん館テラスからの夕景 ※林りん館テラスからの夕景












